やっと使えたよ銅のカップ&ソーサー、これって西アジア風かなあ、ついでに無国籍炒飯もいってみよか

私は金や銀よりも銅が好きで、銅の煮込み鍋、銅のフライパン、銅のボウル、銅のヤカン、銅のコーヒーポット、銅の網杓子、銅のおろし金、銅の茶漉し、銅の湯たんぽ等々、何十年も掛けてひとつずつ集め、いずれも大事に手入れして長年使い続けている。道具好きだもん。

そしてこの小さな銅のカップ&ソーサーです。蓋付きで、蓋にはフリンジが付いてます。
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高いものではないけれど気に入って手に入れたくせに、ずっと食器棚の中で眠り続けていました。

気持ちに余裕が出来たのか、やっと日の目を見せてやる気になれました。要するに使うのが面倒臭かっただけなんだけど。

何故、面倒だったかと言うと、とても小さいものなので、私のように薄く淹れたコーヒーに更に牛乳を入れて薄めガブガブ飲むには実用的ではないのです。ドロリと濃いトルココーヒーなんかを、少しだけ飲む為のものなのでしょうね。

取っ手の付いたカップには陶磁器のカップが嵌め込まれていて、取り外してそれだけ洗えます。
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久々に熱いコーヒーを淹れて、チョコレートケーキを食べました。ケーキもとても小さいものです。コーヒーカップもケーキも小さくて煙草の箱ほどもありません。まるで小人のおやつです。あれっ、小人って差別用語かな?

昔は煙草の箱なんか幾らでもあったのに、今じゃ禁煙して一体どれだけ年月が経ったのか・・・せめて空き箱だけでも1つ取っておけば良かった、撮影した時の大きさの比較用に。
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なかなかこんな小さなカップでおまま事みたいにコーヒーなんか淹れて飲む気になれなかったのは、昨年はアンちゃんが死んで心はガタガタ、一昨年は刺す虫かアレルギーかで痒い痒い事件とジャムの突然の死でぐったり、その前はゴマの介護と死でボロボロ、その前は・・・と枚挙に暇がないけど、要するに心に余裕が無いとセレモニー的なお茶の時間など持てないっちゅう事でしょう。

で、やっと今年はカップの存在を思い出して、少量のコーヒーを丁寧に淹れる事が出来ました。

デミタスカップより更に小さい感じがする、エスプレッソカップくらいかな・・・兎に角、カップごと口に入れられそうな位の極小サイズです。大きめのお猪口みたいなもんです。

イマイチ濃いコーヒーは苦手で、この後、牛乳をたくさん入れて飲みました。そして口直しに蓮の葉のお茶を飲んでさっぱりしたところです。やっぱりコーヒー飲むと後口が不味くなる。困ったもんです。


エスニックついでに、多国籍チャーハン。ついでと言っても、朝ご飯でしたが・・・
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今夜、関東にも台風が来るというので、バジルの鉢がひっくり返らないように茂り過ぎていた枝を切り詰めた。いっぱい収穫してしまったので、ご飯と炒めて贅沢に使う事にした。

玉葱と人参、ちょっと塩気の強いウィンナ、ご飯は玄米を炊いて冷凍してあったものをチンして使う。味付けはナンプラーと塩コショウ、少しだけ醤油、そして最後にバジルをたんまり加えてさっと混ぜたら火を止める。
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バジルの香りが強くて美味しい。スイートバジルと、タイ料理に使われるバジルの一種「ガパオ」は別物なので、このチャーハンを「ガパオライス」とは呼び難いかな。

バジルに人参、ウインナにナンプラー・・・どこの国の料理だか解らないような味と香りだけど、まあ、自分の感性を信じて、手元にあるもので適当に作れば良いんだ、家庭料理なんだから。いちいちその都度、食材を几帳面に揃えようとしたら無駄も出るし、だいいち面倒くさくてかなわない。

その代わり、様々なスパイスやバラエティー豊かな調味料、根菜や加工肉などは、キッチンにストックが欠かせない。保存の効くもの、味と風味に変化をつけられるものがストックされていたら、あとは気分次第でいい加減(いい塩梅ともいうかな)にアレンジすれば良いのだ。



それにしてもナンプラーやニョクマム、日本のしょっつるなど、様々な魚醤が存在するけど、魚醤の類って炒め始めはちょっと臭いよね。くさやのような臭味というか・・・ま、成分的にはおそらくくさやも同じだものね?

臭いから強火で良く良く炒めて、スパイスとしてコショウとバジルを多めに使うと気にならなくなる。臭いからと言ってナンプラーを使わないで作ると、何とも味に深みが出ないのだ。まさに旨味調味料ね。


だいたい、臭いものは旨味が強い。カロリーの低いものは大抵美味しくない。頭が良くても料理が好きでない人はいるけど、頭が悪い人は必ず料理が下手。それが私の持論ですね。例外があれば教えて下さい。

私は頭は悪いけど料理は上手です・・・と言う人がいたら、それは本当は頭が悪いんじゃないんです。

自分をバカだと言うのは楽でリスクが少ないけど、自分を賢く見せようとして努力するのは、人生の向上に繋がる事が多い。向上心があるに越した事はないと、やっぱり私は思うのです。

謙虚で無欲なのと、向上心が無いのとでは全然違う。そして自分が賢いと過信しろと言っているのでもない。謙虚でなければ向上もしないし、努力なしに賢く生きるなんて凡人には不可能だ・・・と凡人の私は思うのです。

60歳をとうに過ぎた今でも、もっと向上したいです。頭の中身だけじゃなく、精神の在り方を特に。

より良い自分を大事な人に喜んで欲しいし、自分でも自分を誇りに思いたい。その誇りなくしては人生は生きるに厳し過ぎるし、悲しく絶望的な事も多い。
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[在りし日のジャム:楽しい事だっていっぱいあるでしょうよ]

そうだね、ジャムとの日々は特に楽しかったよ。怪獣のような仔猫の時代も、繊細で我が儘な大人の時代も、何もかも。
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[ジャム:今も一緒じゃん]

そうだよ、今もこれからもずっと一緒。パパやジャムと必ずまた出会えるという保証はないから、ママは生まれ変わりたくない。だからジャムも、もう生まれ変わらなくていいよ。ずっとママとパパとジャムは、ミュウやゴマ、マルコたち他大勢の家族たちとひとつのバターに溶け合って、永遠にあっちに居ようね。ホント、それだけが永遠の願いだよ。

まあ、その前に無事引っ越し出来るという願いもあるけれど。




台風がやって来る。次第に雨風が強まって来た。明日の明け方にかけて、関東に上陸すると言う。

ガレージが浸水しないかとか、近くの崖が崩れないかとか不安はあるけれど、無事に過ぎてくれる事を祈るしかない。外の様々な生き物たちが無事でいられますように、そしてあとしばらくで良いからこの家で無事に暮らせますように。

by kazue_gomajam | 2019-09-08 23:59 | 買い物・お取り寄せ

沢山の猫と暮らして来た時代の名残り。2020年10月に夫と共に断行した私の故郷への移住、小さくとも好きなものに囲まれた終の棲家で送る夫婦の隠居・隠遁の日々、食べる事や庭いじり、布や糸や木での手作り、映画や音楽・絵画、道具たちについて、そして雑多な想いを書き散らしています。1999年から手作り運営していたHPのコンテンツの1つ「猫雑記」を2018年分からはブログ形式にて継続しています。


by kazue_gomajam