大根食うべし、冬のうち

大根を煮ると冬にはご馳走っぽく感じるし、柔らかく煮えた大根は優しく家庭的な雰囲気も伴って作り手を引き立てるようだ。若い女性たちよ、好きな男をたらしこみたいと願うなら、大根を煮よ。

・・・という訳ではないのだけど、今日は鶏と大根を煮る。
b0399777_11334802.jpg

なんと美味しい。色の割に味は濃くないのです。勿論うちの夫も喜んで食べております。もうどんなご馳走よりも、こういうものの方が有り難い年寄りになったのでしょうか。はい、その通り。

大根は直ぐに煮えるよう、あまり厚切りにしない。年寄りは若い人より時間が少ない。調理の時間も勿体ないのよ。

圧力鍋を使えば良いのだけれど、重たくて出し入れが面倒。いずれ引っ越した先では、どの鍋も直ぐに使えるようにガス台の近くに棚を作って、あまり高い場所ではない所に並べておきたい。まだまだ先の話だけど。




午後は銀行と郵便局へ行く。10日なので混むだろうと覚悟して行ったのだけど、道路も銀行も郵便局もあっけにとられるくらい空いていた。こんな日もあるんだな。

しかし久し振りで駅ビル内に足を踏み入れたりしたものだから、やけに疲れてしまった。人が多いとそれだけで疲れる。すっかり隠遁生活者だ。

帰宅し、疲れて夕方に仮眠したら、やっぱり悪夢を見た。寝るべきでない時に寝ると、必ず悪夢を見るようだ。

勤務中だとか授業中でもあるまいに、「寝るべきでない時間」などありはしないのだと解っているのだけど、まだ世間様が行動している時間帯に寝る事が後ろめたいようだ。

人より寝なくて、人より余計に働いて、人より少し余分に苦労して丁度良いのだろう、私の心の中のバランスは。

何故こうなのか・・・気が小さいとしか言いようがない。救いがあるとしたら、妹も夫もそういう人間だという事だ。

やがて引っ越したら、そういう人間同士で老後は暮らせると思うとホッとすると言うか、みんな些細な事で仲良く悪夢を見るのかと思うと慰めにはなっていないような気もするし。

価値観や性格、感受性が極めて近い者同士だけに、何かあった時にはシンパシィが濃過ぎて慰めにはならないのだという事も解っている。

不思議なものだ。別々の身体を持つ違う人間であっても、気持ちが同じだと慰め合えないのだから。

かと言って傷つけ合うとか反目し合うという事ではなく、感性が同化してしまっていると、どういう言動を交わしたところで慰めにはならないという事なのだ。お解り頂けるだろうか、この感覚。自分自身がもうひとつ人側に増えただけ・・・という感覚になるのだ。

初めてその感覚を味わったのは、ミュウを送った時だった。あれから何度もその想いをしている。この先もまだ何度経験するだろう。

こういうものか、生きて行くという事は。みんな苦しいし、みんなちょっとは楽しいし。食べて寝て、今日も一度は大笑い出来たなら、それだけで最高ね。

by kazue_gomajam | 2019-01-10 23:58 | 料理・食べる事

たくさんの猫との暮らしや思い出、日々の雑感、そして専ら食べる事を書いています。私の運営しておりましたウェブサイトのコンテンツ「猫雑記」の続きです。


by kazue_gomajam
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30