久々で【愛と哀しみのボレロ】3時間を観る

2日ばかり更新出来ずにいた。風邪もひいていないのに熱が出る。

でも自覚がないだけで風邪ひいているのかな。熱だけの風邪もあるかも知れないし・・・。まあいいや、今日はこうしてキイボードを打てているのだから。
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[在りし日のジニー:ちょっとニブいかも]

それはそうなんだけどね・・・でも年をとると概ねそんなものらしいよ、ジニたん。あんまり神経質になるとどんな病気だって疑えるものだし、悪い方向に自己暗示にかけてしまってもいけないから、鈍感な位でいいんだよ。



掲題の映画【愛と哀しみのボレロ】を初めて観たのは、私が20代の頃だ。DVDも持っているのだけど、プレーヤーが壊れてしまったので買い換えないと観られない。そういう買い物は引っ越しで済んでからだなあ・・・

今日BSでやっていたのを久し振りで観た。

40年近く経って観ても、やっぱりとても良い映画だ。傲慢で世界が自分のものだった若い馬鹿な頃に観た時よりも、大人になってから観た方が、むしろしみじみと人々の心の機微が解るような気がする。

冒頭シーンとラストで、ジョルジュ・ドン演じるセルゲイ・イトビッチがソリストを務める「ボレロ」は、この映画で一気に世界中で知られる事となった。今では誰でも知ってる。でも40年近く前のこの映画公開の時は、まだ殆ど日本では知られていなかったのだ。

確かにそれは圧巻の踊りではあるのだけれど、今の私はむしろ、セルゲイがおそらく初の海外公演先だったであろうパリのサロンでの踊り、それにより世界でも認められ、亡命する事になったエピソードの、そのパリでのバレエシーンが好きだ。

これですね。
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ベートーヴェンの「交響曲第7番 第4楽章」の熱狂的な曲想にピッタリの踊りでした。ほとばしるような情熱の表現は、若いセルゲイそのもののようだ。


これは、パリを占領したナチス・ドイツの軍楽隊の指揮を任された、若き日のカール・クレイマーと、パリの愛人となるエブリーヌの出会いの場面。
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そしてクラブのピアニストのシモンと、同じクラブのヴァイオリニストのアンヌがナチスの収容所へと移送される貨物列車の中で、生まれたばかりの赤ん坊だけでも逃がそうとしているシーン。
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妻は絶対に嫌だと言うが、夫はトイレの穴から息子を線路へと下ろす。妻は、他のたくさんのユダヤ人捕虜たちの中で、声を殺して泣いて夫の背中を拳で叩く。このエピソードが一番、胸に迫った。

親になった事は無いけれど、今は亡き自分の親もきっと同じような想いで娘を守ってくれただろうと考えてしまうと、勝手に想像して泣けた。




今更あらすじなど書くまでもない程に、今や古典として有名な映画だ。色んな人が感想や批評を書いているが、内容を間違えたまま書いている人もいる。

それも仕方ないかな。この映画は、セリフや説明が極端に少ない。

たとえばシモンたち夫婦がユダヤ人であったかどうかは、昨日の映画の中ではハッキリとは述べられていない。ただ、ナチスに捉えられて収容所に移送され、夫は早々とガス室で殺されたというエピソードが、一切のセリフもナレーションもなく、静かに観る者に理解させる演出と演技なのだ。

他にも、アメリカ人ミュージシャンのジャック・グレンの息子ジェイソンが同性愛者である事も、言葉では説明されていない。

ジェイソンが自殺未遂した時に、その妹が「傍に行ってあげて」と懇願した男性が「もう別れたんだ」と言う、それだけで一切を理解させる。もっと前のシーンを良く見ていれば、それらしきムードをチラッと匂わせていたかも知れないのだけれど。

アンヌと息子の再会のシーンも、セリフは無い。それどころか遠くから後ろ姿だけ撮っている。その様子だけで、息子の心の動きを伝える。

そんなこんなで、まったく説明的でない作品で、複雑に時代背景と人間模様が絡み合っているだけに、内容を部分的にでも勘違いしている人も多いだろうと思う。

驚いたのはある評論で、冒頭のシーンで「ボレロ」を踊るのは父親のボリス・イトビッチで、ラストのシーンでの「ボレロ」は息子のセルゲイであると書いている人がいた事だ。それは明らかに違う。

あの振付の「ボレロ」をモーリス・ベジャールが発表したのは1959年、彼が「20世紀バレエ団」を発足させた年でもある。それまでは名曲「ボレロ」のバレエの振り付けは、あの踊りではない。父親は第二次世界大戦で戦死している。あの「ボレロ」の振り付けで踊れるはずがないのだから。

冒頭の「ボレロ」をちょっと見せておいて、一気に時代が戦前へと遡るのだ。

そしてボリショイ・バレエのプリマを決める選考会で、やがてセルゲイの母となるタチアナが選考委員の1人でもあったボリスの前で踊るのが、クラシックの振り付けの「ボレロ」である。

主役たちの多くが1人で2役ずつ演じるので、ますますややこしい。

今回改めて観て、以前にはシンパシィを全く感じられなかった指揮者カール・クレイマーの妻マグダレーナだったのに、その毅然とした姿勢や夫への深い愛が、今はとても良く解るような気がした。

誰かが特に狡かったり、許し難い程の悪人だったりする事は無く、みんな痛みと弱さを抱え、だけど誠実に必死に愛して生きたいと願ってもがいている。それを感じ取れて、勇気づけられた想いがした。


尚、今日のブログは映画に関してだったので、ホームページの「猫雑記」でも同じ内容で覚書として更新致しました。すみません、自分本位で色々思いつくままやりやがって・・・。

当面、サイトは過去ログとしてだけ残すつもりでいたのですが、ブログだけだと解約時には全てが消えてしまい手元に記録すら残らないので、公開をやめてからも手元にページのデータがしっかり残るホームページの形式も、たまに更新するやもしれません。

あくまでも今日の「つもり」で言っている事です。明日死んでしまうかも知れないし、生きて居られても明日には明日の風が吹くでしょうから・・・はい、「オオカミ少年」いや「オオカミばばあ」とお呼び下さい。

by kazue_gomajam | 2019-01-08 22:38 | 雑感

たくさんの猫との暮らしや思い出、日々の雑感、食べる事などの日記です。


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